http://www.asahi.com/national/update/0327/TKY200903270103.html
インドネシアから日本にむけて丸木舟で漕ぎ出すという話し。
日本民族の形成の中で、南洋の島々から渡ってきた人たちが日本に定着し混血したという説がある。
その実証をしようというわけだ。
太平洋を人力だけで渡りきり、新天地を求めたというのはワクワクするような話だ。
浦島太郎の昔話や海幸彦・山幸彦の神話など、日本人と海洋民族との関係を示す説話は多い。
土着の所謂「縄文人」に朝鮮半島から移住した「弥生人」に海洋民族加わり、彼らが混血して日本民族が形成されとすると、日本人のルーツは多様だと思う。
海洋民族の到来は日本の稲作にも影響を与えたという説もある。
インドネシア地域の稲と中国原産の稲を交雑した稲に成長が早いという特徴があるという研究があるのだ。
稲は元来生長が遅く、中国でも揚子江など南部でしか栽培できない。
日本も温帯化してからは温暖な期間が短くなって、稲の栽培が出来ないということが起きたのではないかという。
しかし、南洋由来の稲と中国由来の稲が交雑して出来た稲は生長が早いため、日本でも栽培が出来たのではと言われる。
実際、発掘調査では九州地方と東北地方の稲作の開始時期には大きな隔たりがないのだそうだ。
「瑞穂の国」とは豊かな日本を示す雅言葉だが、その稲穂は日本人のルーツ全てが詰まっていると思えば、日本に最もあった言葉なのだと改めて思った。
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