2011年3月8日火曜日
東京都知事選挙
2011年3月3日木曜日
入試が最優先の事業ならば、大学には常勤職員はいらない
「そうなんです、学生の単位取得だとか卒業だとか、あるいは卒業後の進路とか、そういうことは大学全体を揺るがすようなことにはなりません。逆に、入試で何かあったら、学長や入試責任者は下手すればクビが飛びかねないかもしれません。そういう現実認識が大学の中にあります。」
と語っている。
なるほど…。大学の本分が高等教育の授業と最高の学習環境の提供であれば、入試はそのサービスを受ける希望者(需要)が大学の定員数(供給)を超える場合にスクリーニングをする為に必要になる。大学の学生は、元々はタダみたいな授業料で教育を受けていた。そこには税金による補填があったので、入試によって税金を使っても、その後に公益に貢献できる優秀な人材を選別するという建前もあった。
文科省が予算を獲得するために無闇矢鱈と大学の新設を許したが、国からの補助金という"需要"があったために参入は盛んだった。通常、参入が盛んになると価格が下がって淘汰されるが、補助金と価格統制があるために価格競争の代わりに学生獲得競争が激化した。学生数は補助金額(売上)を決める要素だから、学生を入学させることが最重要事業となった。入試は実は学生の大学に対するロイヤリティを高める効果がある。
問題の難しさや頭の良い競争相手を叩きのめして勝ち上がっていく過程で学生はその大学の学籍を得ることに満足を得る。だから、そんなに沢山合格者が出て欲しくない。推薦入学やAO試験などは正規の入学者に「あいつらと違って俺の学籍には価値がある」と思わせる装置になる。金メダルでも純金製とメッキでは大違い。だが、推薦だろうと何だろうとメダルには違いないから彼等も満足だ。
斯くして入試という事業が拡大していく。その引き換えに本来の"最高の学習環境"というサービスはお座なりになってしまう。入試がメイン事業ならば、大学には常勤の職員は必要ない。精々冬の3ヶ月間必要になるだけだ。いっそのこと入試に合格したら卒業証書も上げれば良い。
2011年3月2日水曜日
松沢知事が東京都知事に立候補するのは、神奈川県知事の仕事が面白くないからだろう
2011年3月1日火曜日
入学試験なんかしなければいいんだ
ならばいっそのこと入試なんか止めてしまえば良いのに。入学希望者より大学の定員総数の方が多い時代に筆記試験などで合格判定をする意味はあまりない。それよりも入学希望者は全員入学させれば良い。
全員入学させた上で、今の様な出席してれば単位がとれるといったやり方を改め、一定以上の不合格者が出るやり方に変えて、卒業しづらくしたら良い。授業のレベルも上げて、本当に勉強する人しか卒業出来なくすれば、箔をつけるために入学することなんかしなくなる。大学のレベルが"特別に"高ければ、高校や専門学校のレベルも強化される。あの高校を卒業出来れば大学を卒業する力が養われるといった評判は大切だろう。
ソーシャルメディアが普及していて、軍隊が弱いのに、日本で“革命”が起きないのは何故か?
「日本は民主主義だし、革命の必要がない」というのは先日までは僕もそうだと思っていた。だが、その民主主義を体現する選挙で何が変わったろうか?幾人もの首相が生まれては消えたが、彼等の内の何人が選挙で約束したことを実現しただろうか。何人が約束を違えることを堂々と説明しただろうか。
中央省庁の役目が終わり、その整理縮小が叫ばれて久しいが、相変わらず官庁は膨張し続けている。あの小泉首相ですら官庁の解体には手をつけられなかった。官僚個人が悪いのではなく、不要なのに無くならないのが悪いのだ。そんな壁を破壊するのに古より政府打倒の暴力闘争があった。
エジプトの民衆蜂起は将にムバラク体制という壁にみんなが立ち向かったわけだ。軍隊が民衆蜂起に敵対しないという予想があったからこそだろう。でも、日本では霞ヶ関焼き討ちは起きない。決して軍隊に暴力で圧殺されたりしないのに。
日本で革命が起きないのは皆が幸せだと思っているからだろう。実際、世界で日本人は圧倒的に豊かだ。貧富の差も小さく、路上生活者ですら世界の貧困者より豊かだ。そんな幸せな社会を革命によってご破算にするのは大きな損失だ。
「茹で蛙」理論というものがある。グラグラ煮たった鍋に蛙をいれると直ぐに飛び出すが、水からゆっくり温めていくと蛙は温度が上がったのに気づかず茹で上がってしまうというもの。実際には水温の変化を感じて蛙は鍋から飛び出すらしい。
不安はあっても豊かな今の日本は蛙が飛び出すほどの温度にはなってないのだろう。政府や官僚が横柄な運営をしない限り、焼き討ちに至ることはないのだろう。とすれば、無能であっても人当たりが優しい菅首相の方が横柄な小沢一郎より、結果的に人を馬鹿にしてしまう鳩山よりマシというのが彼が首相をやれる理由かもしれない。
ならば、日本で革命を起こすには、強権的な政治手法の小沢一郎に首相をやらせてみるのが良いかもしれない。強権的な社会主義政策による財政悪化に疑獄事件が重なれば、民衆が鍋から飛び出す温度に近づくかもしれない。