2009年6月29日月曜日

東国原知事騒動

東国原知事が国政に出る場合には自らが総裁選に出馬出来る環境作りをして欲しいと要求して物議を醸している。自民党が受け入れなければ民主党に協力するとも。

地元では知事を務め上げて欲しいという声が優勢とか。政界では「馬鹿にするな」という感情的な意見が多い。マスコミでも批判的な意見を言う人が多いので、マスコミや論壇も反対の様だ。

東国原知事の申し入れは実に理に叶っている。他人に協力を求める時に見返りを要求するのは当然で、通常見返りは「金銭」「役務」「名誉」のいずれ、もしくは全てである。個人のやりとりだと名誉が一番尊く、金銭で贖うのは相手を侮辱していると言われることもある。

なので東国原知事が要求としてそのどちらでもない「役務」を要求したことは良かった。しかし、自民党がだめなら民主党に協力という態度はいけない。結局両天秤に載せて出方を見るという卑怯な態度と見られてしまった。ただ、この騒動は「自民党も民主党も政策に変わりはない」という事実を浮き立たせるかもしれない。

自民党と民主党はその出自から言って親子もしくは兄弟みたいなものだ。しかも、十数年前の与野党逆転以来の政争と自民党の政権復帰をかけたポピュリズムによって双子とも言える程に変容してきた。両党の総裁・代表が自民党創立期の立役者の孫同士であることを思えば、その抱える良いものも悪いものも同じに違いないと容易に想像出来るだろう。どちらも保守本道を主唱しつつ、党内の左派に阿って「大きな政府」に傾きがちなのだ。

戦前・戦中の反省は政治家の役割を制限し、尊敬の念を著さない方向に国民を追いやった。これは政治家自身の目論見も問題もあるが、戦後の論壇にはびこった無政府主義の雰囲気に若い学生が反応したのが原因だ。それは革命思想を生み救いのない犯罪に至った。あの時代に政治と国民生活の間に出来た溝を政治家は埋められないまま今になった。

国民生活から遊離し、双子の兄弟が喧嘩をしているような政治の現実を、今回の東国原知事騒動は明らかにしているように思う。

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