戦争自体の勝ち負けで言えば、終戦時点でも日本は全面的に負けていたわけではない。アメリカが圧倒的な物量で原爆投下も含めた日本への空襲、非戦闘員への無差別攻撃を加えたことで停戦講和を選択せざるを得なかったと言えるだろう。だから、敗戦というよりも外交上、一方的な条件で停戦を受け入れたと言うことだ。
だから、今日は終戦の日で良いと思う。
日本を守る為に命を落とした多くの軍および軍関係者、無差別攻撃によって命を落とした国民に…
黙祷
IT系と政治関連の事件を中心にコラム風に書いています。趣味は舞台、だけど最近は殆ど観てないな~。
戦争自体の勝ち負けで言えば、終戦時点でも日本は全面的に負けていたわけではない。アメリカが圧倒的な物量で原爆投下も含めた日本への空襲、非戦闘員への無差別攻撃を加えたことで停戦講和を選択せざるを得なかったと言えるだろう。だから、敗戦というよりも外交上、一方的な条件で停戦を受け入れたと言うことだ。
だから、今日は終戦の日で良いと思う。
日本を守る為に命を落とした多くの軍および軍関係者、無差別攻撃によって命を落とした国民に…
黙祷
オリンピックは"平和の祭典"ではない。平和を希求するかもしれないが、オリンピックを理由に平和が訪れたことはない。古代オリンピックでは開催期間中は都市間の戦争が中断されたという。当時の戦争は外交交渉の一つで、領土問題などの解決を貴族階級が代表してタイマンで決めるというものだ。今の様な国家や国民の存亡を賭けるものではなかった。
近代国民国家成立後の戦争は悲惨だ。国家国民の存在同士が争われるので、負けた方は徹底的にセン滅される。だから、徹底抗戦と成らざるを得ず、被害が甚大となる。
ロシアとグルジアの戦争は簡単には収まらないだろう。ロシアと欧米はそれぞれグルジアの内政に手を突っ込み、グルジアは振り回され国民は疲弊するだろう。中国はチベットの文化、歴史、国民に関心はない。チベットへの弾圧は止まないだろう。
オリンピックが「虚飾の祭典」と言われて久しいが、近代オリンピックは元々そういうものなのだろう。むしろ、国民意識や国際政治の思惑を利用して発展したのだ。だから、「平和の祭典なのに…」という言葉は無意味と言えるのではなかろうか。