2010年7月13日火曜日

入るを図って出ずるを制す

参院選は民主党の"大敗"に終わった。敗戦の要因は色々と分析されるだろうが、メディアを見ていて「消費税についての菅首相の発言」についての評価が分かれている。曰く、「菅首相の消費税に関する発言が"ブレ"た」「菅首相は財務省の「売上税」以来の悲願に加担している/洗脳されている」「菅首相の発言は唐突であり、国民への説明のしかたも下手だった」などなど。意外に、「今の財政状況を考えると将来的な増税は避けられないということは"有権者に理解"されている」という論調が多いように思う。

だが、いずれの意見でも、「財政健全化の為に増税已む無し」とか「経済活性化を図るために法人税を引き下げて、以って税収をむしろ増やす」などというものはあるが、「財政健全化の為に社会保障を削減する」というものはない。「入るを図って出ずるを制す」というが出費が抑えられない限り増税は焼け石に水である。そして、国の歳出の中に占める社会保障費は今や50%に迫ろうかという勢いである。更に、子ども手当や高校無料化などの支出が追い討ちをかける。

池田信夫氏がビジネスウィークで言っているのが正しいとすれば、日本では若者は老人に食い物にされている。少なくとも老人は自分達の稼ぎで自分達の面倒を見ているのではない。戦後日本の復興に邁進してきた老人にその程度の役得が合っても良いという意見もあるが、それを言い出したら日本の悲惨な侵略から守った先人達に対する恩義など、世代間でお返ししなければいけないことは累積されていく。結局世代間の「恩義」「報恩」というのは相殺されるもので、基本的には自分達の稼ぎで自分達の面倒をみなければいけない。

ということは、社会保障費の中でも高齢者向けの社会保障費が「過大」になっているということになる。ならば、過大になっている社会保障費を削減するということが先決ではなかろうか。つまり、高齢者が貯蓄を取り崩しながら余生を過ごすという老後モデルの推進である。

もちろん、過剰な官僚組織をスリム化する=解雇を含めた人員削減を行うというのは大前提であるが、そんなことで歳出の半分を超えんとする社会保障費はどうにもならない。だから、現状の給付水準を含めて切り下げる施策=高齢者の貯蓄を切り崩して消費に回す政策が必要ではないかと思う。