2009年4月24日金曜日

草なぎ君

昨日からまるで重大事件のようなマスコミの騒ぎよう。

でも考えてみれば30代の男性がストリーキングをしたってだけの話。

確かに影響力のある人物だから慎重な行動が求められるべきだが、スピード違反よりも軽い事件で騒ぎすぎ。

ジャニーズ事務所が如何にマスコミに影響力があるかってことの裏返しだ。

でもね〜、公共の電波を使って騒ぎ立てることじゃないよね。

2009年4月23日木曜日

医薬品通信販売規制と漢検

楽天が見直しを訴えている「医薬品通信販売規制」と漢検協会理事長の問題。
全く関係ないみたいだが、根っこは一緒だと見ている。

医薬品通信販売規制は"薬害"や副作用の危険性などを絡めて医薬品の販売を「対面販売」だけに規制しようというもの。
これは日本薬剤師会やドラッグチェーン業界などの求めに応じて厚生労働省が省令による規制強化を行おうとしたものだが、法律改正による公の議論を経たものではなく省令という官僚の恣意的規制によるものである点で法律上も問題が指摘されている。
そもそも過去の薬害や大きな副作用などは通信販売によって流通されて医薬品によるものではない。
薬害のリスクが含まれた医薬品が十分な試験を経ないままに医師や薬局を通じて流通し被害者を生んだというのが実態だ。
だから、薬害や副作用などが「通信販売による医薬品流通の危険性」を示唆するものではないし、それよりも医師や薬剤師の医薬品に対する知識不足や流通上のセーフティーネットの不備が指摘されるべきであって、通信販売が危険であるとの主張に論理的な根拠はない。
それらを考えると、今回の規制の根っこには薬剤師会やドラッグチェーンなどの既得権益者を保護し、関係先団体を支配して影響力を維持しようとした一部の官僚の暴走であるとしか思えない。

漢検協会理事長の問題はもっと罪深い。
今回辞任した理事長にはなんら落ち度はないと思う。
むしろ文科省は積極的に彼の功績をたたえるべきである。
漢字能力検定協会は1975年に設立されてかが十数年にわたって任意団体でありながら、なんら行政の支援をうけることなく漢字検定事業を展開し、広く国民に有益な資格として認知される実績を積み上げた。
年末に発表されるその年を象徴する漢字の発表など、「漢字」文化そのものの普及に努めてきたことが今の「漢検」ブランドの浸透に役立ってきたのだ。
最初から文部省の肝煎りで、アメリカの後押しで始められた英検に対しても受験者数で凌ぐようになっているのは私企業が始めた取り組みとしては立派なものである。
それがここに来て問題を指摘されメディアが騒ぎ立てる事態となった。
しかし、事業の創業者が、創業時期の苦労を乗り越えて成功を得たときに多少の贅沢をすることが責められることであるとは思えない。
指摘されている問題にしても、その時々の事業判断や成功の結果としての創業者に対する利益供与としては認められるべきだ。
これが認められないとすれば事業を興そうなどと思う人は皆無になるだろう。

漢検の問題は文科省の横槍ではないのかというのが僕の邪推も含んだ考えである。
英検を凌ぐほどになった漢検に対して、文科省は天下り理事の受け入れなどを迫ったのではなかろうか。
それを前理事長が撥ね付けたのであろう。
その為に文科省は理事長個人に関わることをメディアにリークしたのではないだろうか。
メディアは文化事業の側面をもっているから文科省に対してとても弱い。
そのため文科省からのリークを垂れ流し意に沿うたのだろう。
新理事長は日弁連の会長やRCCの社長を歴任した行政よりの弁護士だ。
RCC時代に支援企業との間での不適切な関係を取り沙汰され懲戒請求を起こされている人物。
そんな曰くつきの人物を理事長に送り込む文科省は早々に官僚OBに挿げ替えることが見え見えだ。

医薬品通販規制にしても漢検理事長の問題にしても、一部の官僚が恣意的に業界をコントロールしようとしているという構造が根っこにある。
マスコミもそれに踊らされていて、医薬品通販はネット通販大手のヤフーや楽天が全力で立ち向かっているのでなんとかなるかもしれないが、漢検は官僚に乗っ取られてしまうのだろう。
漢検の理事長は悔しいに違いない。
事業が上手くいっていなくて、内部の方針の争いによって敗れたのであれば諦めようもあったかもしれない。
しかし、外部から自分の育て成功した事業を奪われたのだから尚更だ。
新理事長が告訴すると息巻いているが、是非とも財界筋から前理事長を支援して欲しいものだ。
漢検ブランドは前理事長によって失墜したわけではない。
漢検を乗っ取ろうと画策した勢力によって毀損させられたのだ。
だから漢検の資格者は別に恥らうことはない。
これから漢検のブランドを更に貶めるようなことを新理事長がやり始めるだろう。
そのことによって漢検以上に「漢字文化」の振興に影が落ちないことを危惧する。

と同時に、一定以上の社会的影響を持つ事業に対する政官界からの圧力がこれほど醜いものなのかと暗澹とするのは僕だけだろうか。

2009年4月21日火曜日

Oracle buy SUN

OracleがSUNを買収してサーバー事業に参入するという。

ソフトメーカーがハードメーカーを買収するという話は珍しい。

ソフトとハードでは事業運営に違いがありそうだが、Oracleは大丈夫だろうか?

2009年4月20日月曜日

リーダー不在の日本

今週のニューズウィーク日本版は「キーパーソンで読み解く国際情勢入門」。アメリカ、ヨーロッパ、中近東、アフリカ、アジアと国際情勢に影響を与える人物を紹介している。紙面に最も登場するのはオバマ大統領。全てのエリアでキーパーソンと目されている。
ところが、驚くことに日本人は一切紹介されない。北朝鮮問題で日本政府の対応が触れられているだけだ。北朝鮮も韓国も中国も政治指導者が紹介されているのに日本人は一切紹介されていないのだ。
代わりに、「リーダーが消えた国ニッポン」という記事があるだけ。確かに、今ほど政財官界にリーダーと目されている人がいない状況は珍しいが、麻生首相ですら国際情勢に影響を与えないという評価はどうだろうかと思う。これが的確なのかどうかは分からないが、危機的と言えるのではなかろうか。

リーダーに必要な激情

千葉県知事に当選した森田健作氏が公職選挙法違反で告発されて騒動になっている。
無所属を謳いながら自民党から支援を受けていたことが批判されているのだ。

森田健作と言えば「俺は男だ!」というい激情型のリーダー像。
暑苦しく、とても現代的だとは思えない。

現代的なリーダーは知的で冷静なタイプ。

でも、リーダーに激情は必要だという研究があるらしい。
人間の脳の中で感情を司る部分に先天的あるいは後天的な障害のある人を観察していると、そういう人は何かを始める前に理詰めで準備を進めていつまでたっても始めようとしないのだという。
なるほど、人は何かを始めるときには激情によって引き金を引く必要があるということなのだろう。

大起業家と言われる人にも「怒って灰皿を投げつけた」という類のエピソードには事欠かない。
こういう癇癪がある人がエイヤッとばかりに仕掛けたことがビジネスになっていったりするものなのだろう。

とかく、知的なリーダーには決断が足りないのはこういうことなんだと思った。