2009年2月13日金曜日

英雄のように考えようー今日は誰の役に立てるだろう。

デイル・ドーテンの「笑って仕事をしてますか?」より

"英雄のように考えようー今日は誰の役に立てるだろう。"
「相手の役に立つ」という考えをデイルは繰り返す。ともすれば、(僕自身を含めて)人は何事も"私"に役立つことを追い求める。「自分の目標」とか「自分の成果」とは如何に自分に役立つものを手に入れるかということに他ならない。
気弱に相手の言う通り従うものですら、相手から何かの見返りを得ることを狙っている。だから、相手の要求が相手の役に立つのかに関心を持たない。(得てして、要求するものはその結果を冷静に判断していない。)
デイルは「決然」という言葉を使って説明する。「役に立つ」から英雄なのではないのだ。「決然」にどれほど複雑な覚悟が込められていることだろうか。

役に立つことは決して難しくはない。しかし、"本当に"役に立つことはどれほど難しいことだろうか。誰かが要求することは本当にその人の役に立つことだろうか。その人が視野狭錯に陥っていないだろうか。

例えば、取引をしていて値下げを要求されたとする。値下げの代わりに納期が長くなるのを了承してもらったとして、その妥協は本当にその人の役に立つのだろうか。高くとも、短い納期で手にした方が良いのではないだろうか。何か省けば納期を変えずに値下げ出来るのではないだろうか。お互いにやり方を変えればどうだろう。

そのことを相手に教えて考えてみれば、本当に役に立つことが見つかるのだと思う。

「安易に妥協せずに、相手の真の利益を考える」by 賢太郎

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